鎌倉時代の仏師快慶作。昭和六〇年六月六日、重要文化財に指定されました。寺川の東側にあった浄国寺の廃寺⦅明治初年頃⦆にともない、 墓郷、 石仏の引き継ぎ移転とともに、当山へ客仏として迎えられたと伝わります。阿弥陀如来は、全ての苦しむものを救おうと誓いをたて、極楽浄土という苦しみのない世界へと救いとる仏さまです。 「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えるものをお浄土へとお迎えくださるお姿が立像のお姿に現れています。足ほぞの墨書「巧匠安阿弥陀佛」 「生阿弥陀佛」「□阿弥陀佛」から、仏師快慶の作とわかりました。

また、流麗な衣文線や、仕上げに金色をつや消しする粉溜技法などの像の表現からも、快慶仏の特徴がのこっています。阿弥陀如来像の光背は舟形が基本ですが、本像の光背は火焔光背です。表面の黒色は護摩供養の煤のてかりでしょうか。これらを踏まえ、密教系寺院でお祀りされていた可能性もあります。東大寺俊乗堂の阿弥陀如来立像と近似するお姿で、同時代のものと推察されます。制作年代は建仁の頃⦅一二〇一~四⦆と推定され、ちょうど快慶の壮年期にあたり、もっとも脂の乗った時期の作品です。脇侍⦅右観音菩薩・左勢至菩薩⦆は江戸時代前期の作です。

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