正式名称は「法性山・専求院・安養寺」 ⦅ほっしょうざんせんぐういん・あんようじ⦆です。当寺は八尾集落の北東にあたり、門前に面する道路は中街道です。かつては下ツ道と称し、飛鳥と平城京を結ぶ官道でした。江戸時代、大和川の支流寺川の河港である今里の浜に集散した物資がこの道を行き来し大変賑わったことでしょう。道に沿う八尾の家並みは、問屋町として栄えた田原本の町場へと続きます。

行基開山とも伝わりますが、浄土宗の寺院としては、一六三三年⦅寛永十年⦆に創建されました。第一世・源蓮社宝誉上人。総本山は知恩院です。本堂は一七〇六年⦅宝永三年⦆ 、第八世・得蓮社忍誉上人の代に建立され、 後代に増改築がされています。ご本尊さまは、阿弥陀如来坐像⦅伝安土桃山時代⦆で、現在は第三十二世・大連社光誉上人⦅松島靖朗⦆が、田原本町八尾・新町を中心に檀信徒、縁者の仏事供養を担うお寺として住職を勤めています。境内には、天文二年⦅一五三三年⦆銘の阿弥陀如来坐像や天文十九年⦅一五五〇年⦆銘の石仏が祀られ、五代友厚の妻豊子の生家「萱野家」先祖代々のお墓もあります。現在は社会福祉活動「おてらおやつクラブ」事務局のあるお寺としても知られています。

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